14号室

またまた、セピア色に霞んだ話しで恐縮なのだけど…
東京と北関東。
ほんの2、30年前までは、この両者間には実際の距離以上の長過ぎる距離があったのではないだろうか?
特に芸術や文化においては、それこそ『鎖国』的な隔たりがあったように思う。

ロックミュージックひとつとってみても然り。
オレが中学生・高校生の頃(70年代前半)、村八分や頭脳警察やルージュが、ヒネクレタロック好き達の心を鷲掴みしていたのだろうが、栃木県の北の端に住むオレには、わかる術もなかったのである。
パンクのムーブメントでさえ、76年当事、ミュージックライフ誌でピストルズやクラッシュのグラビアを眺めているだけで、その衝撃的な音を聴いたのは少し後のコトになる。
高校生の頃、当事流行っていた文通をオレはしていた。
何人かの女の子と文通をしていたが、埼玉に住むストーンズ好きの子とは結構続いた。
2年程手紙をやり取りした後、やはり、どちらかともなく、『会いましょう』ということになったのである。
東京の何処で会ったらのか、覚えていない。もしかしたら、大宮だったのかもしれない。
唯一覚えているのは、『山野楽器』というレコード屋に連れていってもらったコトだ。
山野楽器に行って、オレは驚いた。地元のレコード屋とは比べモノにならない、店の大きさと品物の多さに舌を巻いたのである。
根っからの都会人にとっては、可笑しな話しだろうが…
山野楽器には、オレが雑誌の新譜紹介の画像でしか見たコトのない素敵なレコード達が並んでいた。
かなり迷った挙げ句、オレが買ったのは、トムペテイ&ハートブレイカーズのファーストアルバムであった。
熱にうなされたように、トムペテイ&ハートブレイカーズを聴き続けた。
最終的にストラングラーズのファーストアルバムとどちらにするか迷ったが、トムペテイを選んだあたり、今になってみればムフフという感じだ。
ちなみに、ストラングラーズの『ノーモアヒーロー』は既に持っていた。
田舎のレコード屋にあったくらいだから、売れていたのだろう。
ピストルズのLPは確か輸入盤だった。これを買ったのも地元ではなかった。

高校を卒業して上京してからオレは、それまでかなり損をしていたような気がしてならなかった。
東京には、それまで知らなかったバンドや音楽が山のようにあったから!
ガーゼやギズムやスターリン等々の存在を知ってショックを受けたトキ、オレは既にハタチになっていた。

続く…

2015年2月7日 Yasu

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